そういうこともあり得ます。言葉で表現する前に、自分がいったい何を話したいのかについて十分考える時間を与えられていて、なおかつカウンセラーやファシリテーターが場合によっては日本語でも対応できるという環境があれば、各人の英語のレベルにかかわらずこういった傾向はよく見られます。おそらく、日本語だと、自分の感情や個人的な気持ちを話すことにためらいを感じる人が多いのでしょう。一般的に、日本社会では社会の調和と協調を表面的に維持することが大切と考えられています。ゆえに、公的な場に限らず時には私的な場面でも、たとえ小さな子供でさえ、集団や年長者と異なる意見や感情を持ったときそれらを表現することを抑えるように訓練されています。(実際、より伝統的な価値観のなかでは、自分が属しているグループ以外の人々の前で個人的な感情を表現することを抑えることは、成熟し洗練された社会の一員の証拠と考えられています)反対に、英語は多くの日本人にとって、より“直接的”な表現ができる言葉と考えられています。日本語ではしばしば、他人に対する物質的、精神的な期待、願望は、会話の中でのほのめかしや暗示という形であらわされるか、または、言葉にしないでも相手が本音や感情を察してくれることを期待するという間接的な表現方法をとります。
個人またはグループカウンセリングの両方において、多くのクライアントが、英語を使う方がより自分の感情や抱えている問題、不安を自由に表現しやすいと感じています。そして場合によっては日本語を話しているときには気がつかなかったさまざまな感情に気づくことができるとも言います。また他の国々の文化では感情を表現することが“許されている”という印象があるため、日本人の若者にとって外国人と話すほうが自分のことについて自由に語りやすいのではないかと思います。
薬物依存は他の国ほど大きな問題ではありませんが、アルコール依存は確かに問題となっています。日本では大量の飲酒も仕事上、あるいは個人のつきあいのうえで必要不可欠なことであり、またストレス解消の手段だと考えている人々がいるからです。日本にもアルコール依存専門の精神科医がおり、クリニックや社会復帰のためのデイケアセンターを開いています。
しかし、日本のカウンセラーは感情や心理的問題から社会的な援助までさまざまな問題を扱わなければいけないため、ひとつの専門というより、一般的に広い範囲に対応するカウンセリングになる傾向があります。それも、1億2千6百万人の人口に対し日本臨床心理士認定協会認定のカウンセラーが約10000人しかいないことを考えれば当然のことでしょう。言い換えれば、日本のカウンセラーの質はとても高く、彼らの多くは仕事に身を捧げ専門家としての自覚をもってさまざまな心理的問題を抱えたクライアント援助のための訓練と経験を積んでいるといえます。
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